神々のドラッグ、エンセオジェンってなあに?

Entheogen(エンセオジェン)とは、 紀元前から宗教儀式やシャーマニズムで用いられてきた、意識の変容をもたらす聖なる植物です。エンセオジェンを授かった世界各地の身分もさまざまな人々が霊的な覚醒や宗教的な神秘体験をしています。伝統的なエンセオジェンは植物や菌類、またはそれらを調理したものですが、広義には人工的な化学合成物質も含め、脳内の神経伝達物質に作用する向精神性物質のことを指します。 一般的にはサイケデリックス(幻覚剤)、サイケデリックドラッグと呼ばれます。

Exaltation of the Flower

ギリシアの彫刻“Exaltation de la Fleur” (exaltation of the flower) 手に持っているのはキノコ?

語源

Entheogenは、古代ギリシア語のentheosとgen(esthai)に由来する造語です。entheosは、神 (theos) が内部にある (en)、つまり、神がかり的な状態とか、シャーマン的な意識状態とでも言うのでしょうか。熱意や情熱を意味する英単語enthusiasmの語源でもあります。gen-は、それになる、創造される、という意味ですので、人の意識の中に神秘的な状態を喚起する、ということになります。

エンセオジェンという語は2007年にオックスフォード英英辞典に新語として追加されましたが、この語が誕生したのはもっと古く、1979年までさかのぼります。 当時、 医療や化学の分野では、hallucinogen(ハルシノジェン)という語が使われていました。Hallucination (ハルシネーション)は「幻覚」(統合失調症患者などに現れる症状)という意味ですし、ラテン語の語源も病的な精神状態を表す言葉です。また、作家オルダス・ハクスリーと精神科医ハンフリー・オズモンドの手紙のやり取りから生まれたpsychedelic(サイケデリック)という語が、60年代のヒッピームーブメントのさなか、爆発的に広がりましたが、psychosis(サイコシス、精神病)に似ていることから誤解を招いたり、メディアが扇情的な報道をしたために印象の悪い言葉になっていました。

いずれの語も、スピリチュアルな探求のため伝統的に用いられてきた薬物を指すには不適切です。もっとふさわしい呼び方はないだろうかと考えたすえに提唱されたのがエンセオジェンでした。 植物学者ジョナサン・オットーや宗教学者カール・A・P・ラック、マジックマッシュルーム研究の第一人者ゴードン・ワッソンらのグループによる言葉です。

考古学資料が語る人類とエンセオジェンの関係
タッシリのマッシュルーム壁画

タッシリの洞窟壁画

人類はいつごろから向精神性植物を使いはじめたのでしょうか。

タイ北部の洞窟遺跡から発見されたビンロウジとキンマの葉は、1万年前のものと言われています。紀元前8000〜前5000年ごろのサハラ砂漠のタッシリ洞窟には、全身からたくさんのキノコが生えている人型の壁画が描かれています。ペルーの狩猟採取民族は前6000年頃からコカの葉と石灰を噛む習慣があったようです。(1) 同じ頃、西アジアではワイン用のブドウ栽培がはじまりました。米国テキサス州の洞窟から発見されたペヨーテは7000年前のものでした。儀式で用いられていたようです。(2) メソポタミア(現在のイラク)では前3000年ごろからシュメール人が都市文明を築き、芥子の栽培をはじめました。

中国の伝説に登場する皇帝、神農が多くの薬草を発見し医療に貢献したのは前2730年ごろ。後に編集された『神農本草経』には大麻の生薬としての効果が記されています。トルクメニスタンの遺跡で発見された前2500年ごろの壷からは、大麻や芥子、麻黄の痕跡がみつかりました。神官が特別なときに飲む飲み物の原料だったようです。(3) 前1200〜前800年、ヒンドゥー教の聖典に神の草として記されているバングは、大麻の葉や枝から作られたもので、シバ神への供え物や薬として使われていました。

チャビン遺跡のサンペドロ

サンペドロを手に持ったウィラコッチャの彫刻(チャビン・デ・ワンタル遺跡)

アメリカ大陸では、前1300年頃のペルー、チャビン遺跡からサンペドロサボテンを手にした彫刻が発見されています。また、神官の墓にヒキガエルが埋葬されていたり、獣人の石像が多く発見されているオルメカ文明の人々もなんらかのエンセオジェンを使用していたと考えられています。グアテマラではマッシュルームの形をした石像が出土しました。アステカのショチピリ像にはオロリウキ(モーニンググローリー)やテオナナカトル(シロシビンマッシュルーム)の模様が彫られています。

ヘロドトスの『歴史』によると、西アジアの遊牧民スキタイ人は、はじめて大麻を遊び目的で使用した民族でした。葬儀の場で大麻の蒸気を吸いこみ身を清めるなど、儀礼的な使用もありました。

神話・カルト・宗教のはじまり

サイケデリックスの研究家テレンス・マッケナが興味深い推論を唱えています。人類の祖先が言語を持つようになったのは、サイケデリックなマッシュルームを食べたときからとのことです。マッシュルームを食べると、物の形が音になって聞こえたり、音が見えたりする共感覚という現象がおきます。自分の出す声を利用して相手に形を見せるという手法からコミュニケーションが生まれ、言語の発達につながったとマッケナは考えました。(『神々の糧』

趣味で菌類の研究に没頭していた銀行家ゴードン・ワッソンもおもしろい仮説を説いています。1950年代、メキシコでシロシビンマッシュルームの儀式に参加したワッソンは、言葉では言い表せないエクスタシーを体験します。そこで、人類にはじめて宗教的な感性が芽生えたのは、サイケデリックな植物がきっかけだったのではないかと考えました。彼はマッシュルームの体験から、日常の向こう側にもうひとつの現実があることを確信したのです。

ソーマと呼ばれる飲み物を宗教的集いで使用していたことが、インドの聖典リグ・ヴェーダに記録されています(前1200年ごろ)。ソーマの正体は諸説あり、ベニテングタケ、大麻、アルコール、麻黄などと考えられています。

古代ギリシアのエレウシスの秘儀のクライマックスには、聖なる断食があけ、キュケオンと呼ばれる飲料をみんなで飲みトランス状態になっていたそうです。キュケオンの原料である麦に、幻覚作用のある麦角菌が寄生していたのではないかという説があります。

キリストとマッシュルーム

(左)「聖エウスタキウスの伝説」ステンドグラスの一部 シャルトル大聖堂(中央)智恵の木とアダムとイヴのフレスコ画 Chapel of Plaincourault 13世紀(右)装飾写本The Paris Eadwine Psalterの挿絵 創世記の場面の一部 12世紀

啓示を与え、奇跡を起こし、人を癒したイエス・キリスト。古い文献や言語の進化を研究していたジョン・マルコ・アレグロは、このような力を持つイエスの姿は、エンセオジェンの作用を擬人化したシンボルのようなものだったのではないかと言って嘲笑されました。彼はキリスト教のルーツが、エンセオジェンを服用する豊穣祈願のカルト儀式であったと考えていました。たしかに、初期のキリスト教美術を見ると、聖餐としてベニテングタケやシロシビンマッシュルームを食べていたらしいことが確認できます。

北の国から空を飛んでやってくるサンタクロースの正体も、彼が着ている赤と白の服のような色のカサをもつキノコ、ベニテングタケか、または、それを使うシベリアのシャーマンだという説があります。

参考文献 #
Last Modified: 2011/09/28