◆ サイケデリックドラッグについての博士の考えをおうかがいします。まず、サイケデリクス研究が正当な科学の一分野となる日は来ると思いますか。

AF: なかなかよい傾向が現れてきていると思います。研究の中断は長年にわたりましたが、最近また、スイスやドイツ、そして米国でも研究がはじまりました。昨年はハイデルベルクで会議があり、おもしろいプレゼンテーションがいくつもありました。ハイデルベルクではリック・ドブリン(MAPS)やニコルス教授(ヘフター・リサーチ)にお会いしました。二人ともがんばっていますね。彼らのアプローチの仕方は、数十年前の先人たちのやり方とはだいぶ違います。

◆ リアリー博士のことをおっしゃっているのですか。

AF: そうです。もうずいぶん前ですが、ティモシー・リアリーがスイスに住んでいたころ私を訪ねてきました。とても知的で愛嬌のある人でした。非常に楽しく語りあいました。けれども、彼は本当に目立ちたがり屋なのですよ。過激なことを好むものですから、肝心な点から目をそらしてしまったのです。そして残念なことに、長い間サイケデリックドラッグはタブーの薬となってしまいました。60年代と同じあやまちを繰り返さないようにしたいものです。

◆ 私たちは今、90年代後半という時代を迎えたわけですが、今日の精神医学において、サイケデリックドラッグは一体どういう意味合いをもつのでしょうか。

AF: LSD発見後しばらくの間、精神分析や精神医学はこの薬を有望視していました。現実逃避の手段などではありませんでした。その当時、非常に重要な発見であり、その後15年間、合法的に精神病の治療や科学的な人体実験に使われました。この期間、デリシド(Delysid)は、これは私がLSDに付けた薬品名ですが、安全に使用されていましたし、専門家の論文テーマに取り上げられた数も相当なものでした。実はつい先週、アルバート・ホフマン基金から何人か訪問があり、私のサンドスの研究室に保管してあった記録書類の原本をすべて渡しました。この初期の研究記録は十分に立証されており、この書類を見てもらえば、60年代にLSDがドラッグ問題の一部として取り沙汰されるようになるまでの短い間、研究はうまくいっていたことが一目瞭然です。つまり、もともとは治療用薬剤であったのに、LSDはストリートの麻薬となってしまったため規制を余儀なくされたのです。この悪評のせいで、たとえ医学研究であってもLSDは入手できなくなってしまい、研究は非常にオープンに行われていましたが、それも中止させられました。どうやら最近、研究再開の兆しがみえてきているようですね。保健当局もこういった研究の重要性を無視できなくなってきたようです。ですので、私は希望を抱いています。やっとのことで規制は終焉をむかえる。医学も30年前に無理矢理中止させられた探求の場へ戻ることができる、と。

◆ サイケデリックドラッグを扱ってみたいと思っている最近の研究者になにかアドバイスはありますか。

AF: サンドス社がLSDを合法的に販売していた当時、デリシドのパッケージには使用方法が書かれた小さな説明書が入っていました。精神分析やセラピーの補助薬としての使用方法だけでなく、精神科医自身が、このずばぬけたマインドの世界を体験する薬としての使用方法も説明されていました。説明書には、デリシドを取り扱おうとする精神科医は、まず自分で使ってテストしてみななさい、とはっきり書いてあったのです。

◆ ということは、研究者、精神科医がサイケデリック体験とはどのようなものであるかを知っている必要があるとおっしゃっているのですか。

AF: もちろんです、もちろんですとも。臨床の現場で実際に使用する前に、絶対に精神科医が体験しなければなりません。いちばん古いLSDのレポートや手引書にも、そうはっきり書いてありますよ。今でも変わらず、とても大切な点です。

◆研究のどこが間違ってしまったのか、なぜ中断させられてしまったのかということに関して、過去の経験から得た教訓はございますか。過ちを繰り返さないように私たちが覚えておくべきことをおしえてください。

AF: もし、マナーを無視した使い方、間違った使い方がなくなれば、医療用として提供することができるようになるだろうと私は思います。ですが、間違った使い方がなくならならない、サイケデリクスを十分に理解しようとしない、快楽のドラッグとして遊び、サイケデリクスがもたらすとてつもなく深くサイキックな体験の真価を認めることを怠るという状況が続くかぎり、医療使用も妨げられるでしょう。街角での乱用は30年以上にもわたり問題化しています。間違った情報が氾濫し、事故がおきています。保健局が方針を変更して医療使用の許可を出すことをしぶる原因はここにあります。たとえ、一部の分別のある人々が医療現場でサイケデリクスを安全に扱うことができるのだと保健局を説き伏せたとしても、街角での乱用を見ている保健局はなかなか首を縦にふらないでしょう。

◆ 60年代には、LSDやサイケデリックドラッグを怖がるようになった人も大勢いました。精神科医も例外ではありませんでした。なぜでしょうか。

AF: 正しく使わなかったからですよ。セッティングもよくなかったのです。つまり適切な準備ができていなかったわけです。もし正しく使えば、サイケデリック体験は本当にきめ細やかで奥深いものになりうるのです。でも覚えておいてください。使う「道具」が強力であればあるほど、適切に使用しなかった場合のダメージも大きくなります。60年代を振り返ってみると残念なことに、サイケデリクスを邪見に扱い、間違った使い方をしたために、その結果として事故を招いてしまったという場面がしょっちゅうあったのです。ほんとうに悲惨なことです。このような価値ある薬が、大切に扱われるとは限らず、誤解されることもあるのだから。そういうことがあったので、人々はサイケデリクスを恐れるようになり、分別ある研究者や精神科医の手からも取り上げられてしまいました。薬理学にとって、精神医学にとって、そして私たち人類にとっても多大な損失でした。ですが、もう手遅れということはありません。こういった間違いから学んで、サイケデリクスを適切に使うこと、大切に扱うことを示してゆけば、きっとうまくいくでしょう。