サンタクロースは聖なるキノコを食べて飛んでくるのです、北の国から

「サンタクロースは、幻覚キノコと関係があるのでは?」画家James Bursenosさんは変成意識中に突然そうひらめいた。早速リサーチをしてみるとビックリ。なぜトナカイが空を飛ぶのか、なぜサンタは煙突から侵入してくるのか、なぜクリスマスツリーを飾るのか・・・。サンタクロースと幻覚キノコが秘かに繋がっていると仮定すると、すべての謎のつじつまがあうという驚愕の発見をした。

この画像、”The Resurrection of Santa Claus”は、Bursenosさんのリサーチによって産声をあげた作品。ちなみに、神聖な植物を愛する彼が愛用するキャンバスはヘンプ製だそう。

ご存知のとおり、クリスマスはイエスの誕生日であり、キリスト教のホリデー。クリスマス・イブには、 トナカイのソリに乗ってやってくるサンタクロースが、子供たちにプレゼントを配るとされている。しかし深く探ってみると、クリスマスの起源はキリスト教よりもずっと古く、北欧のシャーマニックな季節行事に端を発しているようだ。

アマニタ・ムスカリア

でっかい赤いカサに白い斑点。あの、いかにもあやしいキノコ。アマニタ・ムスカリア、和名ベニテングタケ。おとぎ話のキノコも、スーパーマリオが食べるとパワーアップするキノコも、あんな形をしている。 アマニタ・ムスカリアは、数千年もの長い歴史があるキノコ。特にシベリアのシャーマンにとっては、とても重要な聖なるキノコだ。アマニタに含まれるイボテン酸とムッシモールという向精神作用のある成分を発見したのは、日本の竹本さん。この成分は体内で代謝されないため、ほとんどまるごと尿から排出される。イボテン酸はかなりウマいらいしいのだが、トリップするくらい食べると強烈な吐気が。しかしそこで思いきって、アマニタきのこを食べた人の尿を飲むと(!)、毒性がぬけて、いい感じに効くのだという。この方法で6-7回も体内リサイクルできるとか。経験から導きだした数字なのだろうか…。(しかしこの説には信憑性がないという主張もある)

では、サンタクロース伝説とアマニタ・シャーマニズムの類似点をあげてみよう。

空飛ぶトナカイの群れと共に、北極で暮らすサンタ: 北国の半遊牧民集落では、人とトナカイは、持ちつ持たれつの関係。トナカイは、このアマニタきのこが大好物で、きのこを食べては飛んだり跳ねたり。また、ふしぎ成分が抽出されたシャーマンの尿を飲んで酔っぱらうこともあるという。シャーマンもまた、キノコを食べたトナカイの尿を飲む。お互いの尿を飲むという共依存的関係が成立していた。

サンタクロースの外見:
赤と白のファーコートに黒ブーツというサンタの出で立ちは、シャーマンがキノコ狩りにでかけるときの格好と同じ。もちろん赤と白はアマニタきのこの色そのものである。酔っぱらいのようなサンタの赤ら顔や陽気さも、アマニタきのこの効果なのだろうか?

暖炉のそばに靴下を吊るす
: アマニタ・ムスカリアは、食べる前に完全に乾燥させなければならない。そうすることで、毒性が減少し効果が高まる。シャーマンは、干しシイタケの要領で囲炉のそばにアマニタきのこを吊るして乾燥させた。

煙突からプレゼントをもって侵入してくる
:北国の遊牧民は、ユルトという住居に住んでいる。モンゴルのゲルとか、ネイティヴアメリカンのティピのようなもので、室内に囲炉裏があり、天井に煙を出す換気用の穴がある。この穴は、住人の出入り口をかねている場合もある。シャーマンは収穫したキノコを袋に詰めて持ちかえる。煙突ドアから家に入り、家族ときのこを分け合った。また、シャーマンの魂が肉体を抜け出して異次元に旅立つ際にも、この穴を通って出ていくのだと考えられていた。

クリスマスツリーの先端に星を飾る:アマニタムスカリアは、モミ、松、カバの木など、特定の木の下に生える。木は、天上の世界と地下の世界の橋渡しをする宇宙の軸と考えられていた。シャーマンは、この世とあの世、ふたつの世界を行ったり来たりする。また、星は北極星を中心にして回る。北極星はすべての星の中心ということで神聖視されていた。木の先端は北極星へ向かって伸び、神々の世界へ繋がっている。シャーマンのスピリットは、この木を登って、天井の神々の世界へと入っていくのだろうか。

ツリーのキラキラデコレーション:
昔の人は「なぜキノコは、種を蒔いてもいないのに生えてくるのだろう」と不思議に思っていた。朝露でしっとりぬれた土に生えるキノコをみて、朝露を神々の精子だと思っていたそう。クリスマスツリーにかざる銀色のキラキラしたものは、神々の精子のイメージというわけだ。

このようにオリジナルのクリスマスは、アマニタきのこを収穫し、その不思議な力を祝福するお祝いシーズンだった。大地の恵みに感謝し、きのこが与えてくれる気づきを家族とシェアして、人々の幸福や繁栄を願う行事だったのかもしれない。