サイケデリクスに関する断片 (2) ティーチャープラント


サイケデリックな植物は、英語ではティーチャープラントと呼ばれることがある。サイケデリクスはティーチャー、教師なのだ。優れた教師がそうであるように、ただ答えを差し出すのではなく、生徒が内に秘めている力を目覚めさせ、豊かさを受け取るためのヒントを与える。一歩を踏み出せずにいれば、そっと背中を押してくれる。

教師が伝える数々の情報のなかから何を選択し、それをどう読み解き、どのように活かすかは本人の自由意思である。変化し成長しようという本人の意思が望む未来を創る。

アヤワスカのシャーマンはアヤワスカのつるに精霊が宿っていると言うだろう。ネイティブアメリカンチャーチのメンバーはペヨーテを植物の形をした神の化身だと言う。しかし、植物や化学物質そのものの中に特別な力があるわけではないと私は思う。アヤワスカやペヨーテは神聖なものだという意味づけをする時はじめて、その意味を共有する人々の間で神聖なものとなる。仏像や十字架も意味づけがなければただの金属のかたまり。そして本気で信じることは真実として本当に見えるようになる。

相性のよい優れた教師との出会いが、愛と豊かさを運んできますように。

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4 comments, add yours.

Love S. Dove

植物に囲まれて暮らしているんですね。
山の中の「体験する場」「語り場」、いいんじゃないでしょうか。
植物王国から来たタンザワさんの使命かもしれませんね。
遊びに行きたいです。

現在の自己像では包括しきれないようなことが起きてバランスを崩す人もいますね。禅だと魔境と呼ばれる状態。
身体のなかにしっかり座って、常に地球の核に根をおろしておくことが大事かな。

タンザワ

Love S. Doveさん、こんにちは。
コメント返信ありがとう。

具体例です。僕は自分がセレモニーの間どういう
言葉を吐くのか、メモを取りました。
ジャングルの暗闇の中、
「私は世界の全てをぬる為に植物王国から来た」
となぐり書いてありました。
書いたことは覚えていない。
英語表記と自身が知らないスペイン語もあり。
帰国してしばらくそのノートを意識的に見ることが
出来なくて、数ヵ月後に見てブルっと震えたものです。

地球はこの時代の借り物という意識が入り込んで、
もがくまま自然と山というか植物に囲われて住んでいます。
それが今の僕にとって実践であり挑戦です。

Love S. Doveさんのいう声とは違うのかも
しれないけれど、知覚したビジョン、降りてきた言葉によって
アマゾン河に巨大なピラミッド作ったりなんて
トンだ人も見てきましたよ。ノアの箱舟だって言ってた。
シャーマン修行していた友達のガイドとしての言葉は
「僕らは現実に生きている。足元を見失うな」だった。

理想というか希望的空想、山の中にそういう「体験する場」「語り場」を
提供できたらいいなぁ。

Love S. Dove

タンザワさん

はじめまして。コメントありがとうございます。
2008年に体験されたのですね。私もだいたい同じ頃です。
高崎さんも同世代です。

考える人のところへ答えはやってくるのだと思います。
どうやって地球と共存するビジョンを実践できるのか?
アヤワスカのスピリットにサポートやガイドを求めれば、それはきっと届きます。
そのとき、ガイドを否定しようとするエゴの声と区別する必要があります。
しかし、糧を得るための社会〜、というのはエゴの声です。

なんか生意気なことを言ってしまいました!
シンプルがいいですね!

タンザワ

初めまして、Love S. Dove さん、
いつも色々な考察をありがとう。
楽しんでいます。

あなたはとても真剣ですね。
僕も08年にアヤワスカを経てからとても
考えます。
その真実がもたらす、もしくは
その魂が旅をした結果、どこにたどり着いたのか
考えます。

僕にとってアヤワスカが見せる世界、語りかけてきた言葉は
植物、地球との同化というビジョンだった。
気持ちがわかってしまったという事。

で、実践をして生きていきたい。
しかし、糧を得るための社会は
自我と型のせめぎあい、と現状の自分を顧て
ガ点がいったというか。
変容こそ日常に。
シンプルにいきたいものです。

あの視線を忘れない、なんて
眉間にドクンが三つ目になってみたり。
高崎さんもでしょうか、僕も77年生まれなんで
なんとなく同世代的親近感を感じます。

アヤワスカはパラダイムをシフトするか。
実践すれば「豊か」になる。

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