火のセレモニーとウィチョールの世界のはじまりの話
5月5日、夜8時。火のセレモニーに参加した。とりしきるのはウィチョール族のシャーマンの元で修行したアメリカ人エリオット・コーワン。屋内の暖炉に薪がくべられ、30人ほどが炎をかこんで座る。
タテワリと呼ばれる火のスピリットにカカオ豆とたばこの灰と小枝をオファリングする。聖なる4方向の中心に位置するタテワリは、宇宙のエネルギーセンター。エリオットが葉巻に火をつける。甘い香りが漂う。炎がパチパチいいながら、部屋のなかをやさしく照らしている。なんとなくハイになってくる。香りに魅かれたスピリットがやってきたのだろうか。
メキシコの山間部に暮らす先住民族ウィチョールはカトリックの影響をほとんど受けずに伝統的な宗教生活を維持してきた数少ない部族のひとつ。男たちは過酷な巡礼の旅に出て、シャーマニックな力を手に入れる。ペヨーテ(ヒクリ)を探しに行くことと、それを儀礼的に食べることが修行の中心。ペヨーテは青い鹿のスピリット、カユマリの化身として崇められ、ペヨーテ狩りに行くことを鹿狩りに行くと呼ぶこともある。
オファリングが終わると、エリオットがおもしろいジョークを話してほしいと言う。あちこちから手があがり、人種や宗教に関するもの、下品なものなど次々と飛び出した。残念ながらたいていのジョークはユニバーサルではない。アメリカ人参加者と同じ背景を共有していない私にはほとんどわからなかったけれども、話者がオチを言うと同時に、花瓶が割れたみたいに大きな笑いが場の空気を引き裂くと、なるほど、ユーモアには場のバイブレーションを高揚させる効果があるのだとわかる。
「歌うことと笑うことを知る者はいかなる困難にもくじけない」とは北山耕平さんのネイティブマインドに引用されているイグルーク・エスキモーの言葉。ユーモアは聖なるものなのだ。
質疑応答がはじまった。大きな眼鏡をかけた男性がサイケデリックスはなぜ違法なのかという質問をした。リスペクトして適切に扱わないと危険だからというエリオットの回答に私も同感だ。彼はとても長い時間をかけて回答した。ゆらゆらと揺れる炎と同期するかのようにソフトに話す。このセレモニーは白人向けの商業的なものだけれども、ウィチョールの人々はきっとこんなふうに炎をかこんで夜遅くまで(朝早くまで?)シャーマンの話を聞いたのだろう。彼らはその話を書きとめるための文字を作らなかった。
私も質問をした。「地球における植物の役割はなに? 聖なる植物は私たち人間になにを伝えようとしている?」
エリオットは答えた。植物はなにも考えない。ただあるがままで完璧なのだ、と。人間は頭脳を与えられ、それは役に立つものでもあるけれども、自己と他者が分離しているというイリュージョンを生み出してしまったのだ、と。
日付が変わり、外に出ると、空にまんまるの月が白く輝いていた。今年一番大きく明るい満月。ふだんなら懐中電灯なしには歩けないほど真っ暗な道は、月に照らされて、いくつもの松ぼっくりが転がっているのがはっきりと見えた。
いつもより遅く寝たけれども朝早くに目が覚めた。ブラインドのすきまから新しい朝の太陽の光が差し込んでいる。外に出て、少し山を登る(家は山の斜面にたっている)太陽に手をかざし、その暖かさを感じてみた。するとそばでガサガサッと音がして、振り向くと、一匹の鹿が歩いていた。この土地は鹿をはじめ、熊やピューマなどの野生動物と共有している。鹿の群れにはよく出会うし、人に慣れているのかだいぶ近づいても逃げようとしない。ただいつもは鹿は群れで行動している。周りを見回しても他の鹿は見当たらない。一匹の鹿は木々のあいだへ姿を消した。
ふと、あの鹿はほんとうに鹿だったのだろうかという思いがよぎった。あるいは鹿に姿を変えた何者か・・・。
ウィチョールの人々に伝わる、世界のはじまりの神話がとても素敵です。
青い鹿が静寂の世界に住んでいた。他には誰もいなかった。ある日、鹿は歌を歌い始めた。世にも美しい音色だった。
歌は風にのって世界のはじまで運ばれ、他の神々の耳にも届いた。この美しい音楽はいったいどこから来るのだろうと不思議に思った神々は、歌の聞こえてくる方角へ歩きはじめた。
神々は今まで存在を知らなかった他の神々と出会い、仲良くなって、音のする方へと共に旅をした。旅をしながらお互いのことを知り、やがて山の草原に神々の一同が集った。青い鹿が歌を歌っていた場所だ。青い鹿の愛らしい歌に刺激された神々は生命を創ることにした。植物、動物、人間を創り、そのひとつひとつの内側に美しい音楽を埋め込んだ。
このようにして世界ははじまった。エクスタシーと音楽と共に・・・。



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